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〒300-1211 茨城県牛久市柏田町3260-15 真浄寺
僧侶の修行は、お釈迦様の教えを守り、仏の教えとは何かということを悟り、それを求めて、 修行するとともに、仏の教えを一切衆生に布教します。
僧侶は、日常生活自体が、修行三昧です。
僧侶の修行は、上求菩提・下化衆生です。
僧侶は、お釈迦様の教えに遵う生活をし、人生を捧げていかねばなりません。
自分には厳しく、他人は救うという修行姿勢が大切です。
厳しい修行を続けたとしても、必ずしも仏の智慧を得ることができるとは限りません。
仏の智慧を得られなくても、その修行姿勢が、一日一日の修行の範囲内での悟りの智慧 を得たということになります。途中にあって家舎を離れず、家舎にあって途中を離れずです。
修行は永遠ですが、修行をする者の現実問題として、刹那刹那で完成とみないと、 疲れ果ててしまいます。
定められた戒が授けられ、その戒を守りますということ誓をたてます。
授戒とは、仏弟子となったからには、守らなければならない戒が授けられます。
戒名という仏弟子としての名前が授けられます。
俗名は、仏の弟子になる前の名前です。
戒名は、仏の弟子になった時の名前です。
このように戒名は、生きている時に、受けることができます。
仏の教えに従う僧侶は、宗派が違っても、お釈迦様の弟子であることに変わりません。
僧侶は、仏の弟子であるととも、師僧の弟子てもあります。
お釈迦様は、生きていませんので、直接、戒を授けてもらえません。
そこで師僧から戒を授けもらいます。
このよう師僧がいないと、僧侶になること、出家することができません。
お釈迦様より始まった仏教は、約1500年前に日本に伝来したとされます。
僧侶と言えば、現在、お坊さんと呼ばれ、お寺に属し、お経を唱え、葬式その他の 儀式を取り行う者と世間は見ています。
しかし、本来は、お釈迦様の教えに基づき、成仏修行とともに衆生を救う者が僧侶です。
仏門に入り、出家・得度をした者が、僧侶の出発点となります。
現実の僧侶は、朝早くから修行に打ち込み、それとともにお寺の儀式や葬儀、供養等を行います。
僧侶も人間である以上、休息をする必要がありますが、お寺だけでは食べていけず、 平日はお寺以外で働き、土・日・祝日は、お寺で僧侶として活動するという僧侶もおり 365日近く働きづめといこともあります。
仏教でも、宗派が多数あり、宗派ごとに修行あり方等、違いがあります。
僧は、サンガ、僧伽、そうぎゃ、の「僧」。
本来、僧は、個人、一人、職業でもなく、出家した修行者の集まり、サンガ、僧伽のことを意味していた。
出家した修行者は、僧ではなく、沙門と呼ばれた。
特に、僧伽に属する出家した修行者は、男性は比丘、女性は比丘尼と呼ばれた。
現代においては、一個人を僧、僧侶と呼び、僧侶は、職業名ともなつている。
僧侶を坊主と呼ぶ人もあり、僧侶を軽蔑した表現として使用されます。
坊主の本来の意味は、僧「坊」を監督する「主」ということで、坊主と呼ばれたものです。
正式な僧侶以外をお寺によっては、年齢に関係なく、「小僧」と呼ぶこともあります。
お寺によっては、基準となる修行を成満しないと正式な僧侶として認めない所もあります。
弟子の僧侶は、師僧の言うことに従うことになります。
師僧は絶対です。
僧侶になると決めた以上、この師僧についていくと決めた以上、師僧についていくことです。
それもその師僧が考え、課す修行の一部です。
修行のためならば、仏道のためならば、ただただ成仏を目指し修行することです。