現在、僧侶資格取得は一時中止しています。
四度加行はを受ける人であっても、ほとんどすべての人が、お釈迦様の言う「三法印」、 あるいは「無明」という乗り越えなければならない高い壁を越えていないので、僧侶にな っても悩みや煩悩の鎖などに死ぬまで苦しみ縛られ続けられることになります。別の言い 方をすれば、真言秘密が入った箱がある山の頂上にはお釈迦様の言う「三法印」という崖 を登りきらないと真言秘密の真実相は見ることはできないと思います。(但し、真摯な継続 修行にて稀に仏尊のお導き現出し知らぬ間に三法印の覚りを成就したという人もいます。)
〇通信教育やインターネットを使った四度加行は行っていません。
参加者全員同時に進める講義形式のような一方向の四度加行は行っていません。
※弘法大師の法に反するので越法に上記はあたるかもしれないので行いません。
〇原則としてマンツーマン方式による四度加行を行います。
〇18道~息災護摩まで、次第に書かれている通りに修します。なお、懺悔礼拝加
行等、省略する加行、儀式等がある場合もございますのでご了承ください。
※四度加行次第の文言は、箱の蓋に書かれている説明書きのようなものであり、
箱の中身の実相は、長期の時間をかけて、良き指導者よりアドバイスを受けながら
知識的勉強とそれを実践し体得した者でない限りわかりません。(但し、例外的に
、机上の勉強や指導アドバイスを受けなくとも一人早朝より晩まで修行をし続けて
きた人が、仏の世界からアドバイスを受けて覚りに至るということもあります。こ
のような僧侶を見て、真摯な継続的修行、神仏に対する信心次第で仏果を得ること
もあるのかと感心したこともあります。)従って、四度加行では、通常は、この実
相(即身成仏)は到底、理解も体得もできないと言っても過言ではありません。四
度加行は、薄ぼんやりと実相があのあたりに見えるような気がするといった程度
のことです。なお即身成仏を体得するまでの四度加行の指導はしておりません。
如来秘密により、各人ごとにその時期が来なければ体得できないと思います。
※四度加行が、資格取得目的であっても、良く勉強し、それを実践し、体験した指
導者の指導を受けないと、加行後に控えている、葬儀、法事、供養、お加持等が単
に形式的なものになったり、間違ったことをやってしまったりすることもあると思
います。その結果、個人的見解ですが、仏からお叱りを受けることもあるのではな
いかと思います。お叱りとは、親が子供の間違いを叱り諭す、あるいは教師が生徒
を正しい道に行くよう指導するという意味です。仏は叱ることもあれば、仏の救い
の手、仏の大慈悲が生じることもあります。ただ、この仏の救いの手も目に見える
ものだけを信じたり、錯覚だと考えたりする人は、なんだろうという疑問に思うだ
けで行動が伴わないため、救われず、あるいは誰かを救うことができず、後で気が
付いた人は後悔することとなります。
一般的な意味での修行とは三学(知識思考)と三慧(実践)、五道(三学・三慧を包含し五つの段階を踏みながら無学に到達) という過程を経て空の境地(阿字本不生)に至るということであり、真言宗では、 さらに進んで、なにもかにもすべてが三密の境地となり、法身大日如来の説法を聞けるに至る秘密の扉が 開くことになる。 修行の問題点は、良い指導者にめぐり合うかどうか、良い指導を受けても、指導 はヒントであり、修行者がそのヒントにより、空、あるいは常空や即身成仏でき るかは、修行者次第であり、仏の境地に達する者もいれば、深い瞑想はおろか、 空の境地に一度も達しない方もいるのではないかとも思う。 六塵執着し離れられず、つまり苦しみから離れられないということになる。 四度加行は、良い指導を受けた者が何回も何回もやれば、常空(後得無漏智、色即是空でなければ 現世での生活に支障がでる)、阿字本不生 に至るとしても、良い指導を受けていない者が何度、四度加行を修しても、心眼 は開かない可能性大である。つまり、即身成仏を体験したことがない人から四度加行を指導された場合、 教わった方法と説明では、何度四度加行を繰り返しても、即身成仏できない可能性大と思います。
(1)僧侶になったからといって、僧侶の仕事の依頼が降ってわいてくるなどバラ色の世界ではありません。かなりの努力をしない限り僧侶の仕事の依頼がくることはほとんど皆無であると悲観的に考えておく必要があります。たゆまぬ努力と向上心、そして行動力、あるいは幸運に恵まれた人でない限り、僧侶として自立することは困難であり、他に収入がない人が、僧侶としての収入だけで、生活することはできないと考えることが現実的です。辛抱強く修行と努力を続けた人が、ようやく法務の依頼がたまにある位に考えておいた方が現実的であり無難です。努力、知識、智慧、活動を継続して始めて果実が実ります。
(2)僧侶になったとしても修行が終わったと考えてはいけません。修行と勉強が、まだまだ足りません。僧侶になってからが、僧侶の始まりであり、僧侶としては初心者の範疇です。継続して、机上の勉強と実践修行をしないと真の供養はできません。形だけの供養では仏尊に対して伝わらず、三密一致、本不生に至る即身成仏の体得修行が必要となります。
《 真言宗の僧侶資格を取得したい方は、牛久 成田山 真浄寺へどうぞ》
○働きながら、仕事を続けながら、仕事をやめずに僧侶になりたい、なる方法をお探しの方
○定年がなく、日頃の行いによって尊敬の念で接してもらえ、一生できる聖職をお探しの方
○僧侶になりたいので、お寺で出家をしたいとお考えの方
○学歴がないと僧侶にはなれないと言われているけど、学歴不問で僧侶になれる方法はないかとお探しの方
○年齢が高く体力に自信はないが、年齢不問で僧侶になる道をお探しの方
○知り合いに僧侶も寺院もないが、出家させてくれる寺はないだろうかとお探しの方
○真言宗 密教 の四度加行の伝授を受け、真言宗の僧侶になりたい方
○体力的に自信がないため、肉体的に修行が厳しくない寺をお探しの方
○仏教系の大学をでていない、仏教知識がなくても僧侶資格を取れる寺をお探しの方
●得度の儀式を受け、出家し、修行し、僧侶になりたい、僧侶資格を取得したい、阿闍梨になりたいという方へご案内
1.「得度の儀式を受けて出家する 」
●僧名が授与されます。
●度牒が授与されます。
■得度 喜捨金 (10万円)
■必要書類:住民票、履歴書、 反社会的勢力とは無関係であると
いう誓約書
※過去、現在において反社会的勢力と関係有りの方、僧侶資格を
公序良俗に反する利用をされる方、前科のある方、入れ墨
のある方は、当寺では僧侶資格は取得できません。
2.「阿闍梨位を取得、教師の資格を取得」
四度加行(十八道行法、胎蔵界行法、金剛界行法、不動護摩行法)
■伝法灌頂 喜捨金 (45万円)
※ご自身の資金繰りに合わせて分割での寄進納入もできます。
■必要物品:実費
※念珠、作務衣、法衣、袈裟等、ご相談ください。
●僧階を授与。
●お寺の住職になる資格を取得。
●真言宗 阿闍梨。
●真言宗 教師資格。
※仕事のご都合、遠方等、事情により、修行はご自分
のペースで結構です。
※有髪可。
※男女不問。
※年齢不問。
※学歴不問。
※無料宿泊応相談可。
※詳細は、お気軽にご相談ください。
○詳しくは、お問い合わせください。
牛久成田山 真浄寺
[牛久縁切り稲荷]
住所:〒300-1211 茨城県牛久市柏田町3260-15 電話番号:029-871-3210
《 僧侶になる方法 》
《 僧侶になるまでの流れ 》
《 (1)「出家する」 》
1.履歴書と住民票(原本)を提出
2.得度式という儀式に出席(出仕)
3.戒を守ることを誓う
4.僧侶の名前を授かる
5.得度式が終了 < 所要時間は一時間~二時間 >
6.僧侶になる < 真浄寺の僧籍名簿に登録 >
※この段階の僧侶資格では、一般社会においては真の意味の僧侶として認められません。
《 (2)「阿闍梨位の資格」「教師資格」取得 》
1.四度加行という僧侶になるための修行をする
※真浄寺では苦行をしません。立派な修行、苦行をしてもそれは自身の向上のためのもの。
どんな修行より、困っている人に手を差し伸べる慈悲心、優しさ以上のものはありません。
2.四度加行を終了
3.伝法灌頂
※真言密教の法を授かる。
4.伝法灌頂終了
5.阿闍梨位の資格取得
6.真言宗 真浄寺に所属(僧籍)する僧侶として、一般社会において僧侶の活動をする。


