剣山 龍光寺 四国八十八カ所の総奥の院 | 藤之池 龍光寺(修験道根本道場)



四国八十八カ所の総奥の院、四国の総鎮守、「剣山 龍光寺」。 
龍光寺は、弘法大師により選ばれた四国八十八カ所の「総奥の院」です。
  

剣山 龍光寺は、山号を珠當山と号し、剣山に登る行者が必ずお参りする寺として、また剣神社の別当としても有名。
藤之池本坊 龍光寺は、剣山大権現を本尊とする。

剣山龍光寺

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剣山は、役行者が開山、神聖で、霊験あらたかで、平家伝説や、剣山龍光寺のある剣山は、ミステリーに彩られ、たとえば、ソロモンの秘宝が剣山に埋められ、四国八十八カ所の寺院は、剣山のソロモンの秘宝アークを守る爲の結界として設けられたという説もある。

藤之池本坊

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珠當山長福院(普賢院) 龍光寺 
〇弘法大師が密法が開祖され、また
四国八十八か所寺院の総奥の院、四国の総鎮守とされる。
第五十一世住職「谷 眞覚」

                          (藤之池龍光寺)
                          大本山 剣山金剛院 藤之池本坊
                           剣山大権現を本尊とする修験道根本道場
                          第五十五世管長 「谷 眞覚」
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剣山龍光寺縁起

「由緒」では、剣山 龍光寺 藤之池本坊は、大宝年間(西暦701年から703年)に役行者が開山したと伝えられる。弘法大師 空海は、藤之池本坊 龍光寺を四国八十八カ所、御開創に際して、四国総鎮守、四国総奥之院、鎮護国家の道場のとして、剣山大権現を勧請したと伝えられている。

弘法大師 空海は、上記のように、龍光寺を「四国総鎮守」、「四国総奥之院」、「鎮護国家の道場」 とした。 また安徳天皇と平国盛の一行が、平家再興のため、戦禍を逃れ、元暦2年(西暦1185年)には、剣山に宝剣を納め、これを剣山大権現と称し奉った。江戸時代中期にし阿波藩の蜂須賀公の祈願所として隆盛を極めた。藤之池本坊龍光寺は龍光寺所轄につき龍光寺の住職が兼務してきた。剣山本宮剣神社の別当寺。龍光寺は江戸期より剣山登山の開発に尽力した。


「縁起」
一.開基 和銅三年(西暦710年) 行基大菩薩、諸国巡錫の砌、国利民福の爲に円明無量寿如来を刻み奉納。当山の礎、珠當山長福寺を建立。
一.本堂 大御堂(大悲閣)落慶、大同二年(西暦806年)、一本の老杉を用い、大御堂等三守を建立。建物は 、柾目のみを用いて、楔を用いざる精妙な建物。大正五年小学校拡張時、無造作に切壊しを命じられる。
一.開祖、弘仁五年(西暦814年)、弘法大師四十歳の時、四国霊場開創の砌、当山に密教を開祖。
一.改名、享保二年(西暦1715年)、長福寺から、龍光寺に改名。

剣山と平家伝説

平国盛、安徳天皇等の平家の一行は屋島の合戦から逃れ、讃岐から阿波へと入り、平家の再興を願い、安徳天皇は剣山に天村雲剣という御宝剣を奉納した。剣を奉納したことから、山の名前が剣山となったとの言い伝えあり。

【剣山龍光寺自身を長とする完全自立の修験道(明治時代以降)】
〇明治時代に入ると修験道は廃止された。しかし数年で剣山龍光寺は再興し、完全なる独立派修験道として自立し、龍光寺を長とする修験組織を編成する。龍光寺は、先達の辞令書を信者に交付したりした。
明治12年(西暦1879年)当時の龍光寺住職、明皆が信者に配布した「龍光寺和讃」によって当時の龍光寺の立ち位置がわかる。即ち、剣和讃は、剣山の登山をPRをしているのである。そして先達に新しい登山客を獲得させるよう促していることがわかる。先達は、龍光寺から辞令、 表彰状を龍光寺からもらっている。龍光寺から先達の位をもらった者がリーダーとなり、徳島県内に剣山登山の「講」が作られた。また先達の中には本山醍醐寺 にも修行に行った者もいたとされる。

「劒和讃(つるぎわさん)」

帰命頂礼劔山 其濫觴を尋ぬれば 南海道の阿波の国 無二の霊山霊峰ハ 元石立の山なるぞ 昔時行者の御開山 秋は弘仁六年の 六月中の七日なる 空海大師此峯に 登りて秘宝を修し玉ふ 眼を閉て祈りなん 神と仏と御出現 殊に倶利伽羅大聖ハ 大篠劔の御本地と 愛染王ハ古劔乃 御本地仏と仰ぐなり されハ秘密の其中に 劔すなはち大聖尊 此時空海石立の 山を劔と呼びたまふ 一字一石法花経の 塚ハ大師の古跡なり 山上山下の障難を 除きたまへる事ぞかし 古劔谷の諸行場ハ 役行者の跡そかし 中にも苔の厳窟にハ 大山大聖不動尊 本地倶利伽羅大聖ハ 無二同躰の尊ときく 衆生の願ひある時ハ 童子の姿に身をやつし 又ハ異形にあらハれて 生々世々の御ちかひ あら尊しや御劔の 神や仏を仰ぎなば 五日も七日も精進し 垢離取川に身漱して 運ぶ案内富士の池 三匝行道する行者 合掌懺悔礼拝し 御山に登る先達ハ 新客行者を誘ひてや 八十五町を歩きつつ 右と左に絵符数珠 唱る真言経陀羅尼 此の御劔の山なるハ 大聖尊の三昩池ぞ 踏しおさゆる爛漫の 梵字即ち大聖尊 壱度拝山拝堂を いたす行者の身ハ影の 形ハいつも離るらん 悪事災難病難を 祓ひおさむる御宝劔 六根六色備るを 唯真心のひとつなり 深く仰て信ずべし
龍光寺住職 明皆成誌

明治十二年六月 当山教会者へ授共す



【剣山龍光寺の仏像】
〇剣山 龍光寺の仏像。
本尊阿弥陀如来・脇侍薬師如来、聖観音菩薩、地蔵菩薩、不動明王、毘沙門天の六尊。この六尊は、村指定の文化財となっており、行基菩薩の作といわれ、貴重な仏像です。



【藤之池本坊 龍光寺所蔵品】
〇剣山絵図曼荼羅、神輿、大太鼓。



龍光寺からのお知らせ

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(仏教協会会員)
剣山 龍光寺 

住所: 〒777-0303 徳島県美馬市木屋平谷口263

藤之池本坊 龍光寺

住所: 〒777-0303 徳島県美馬市木屋平字川上カケ2