●フィリピンに家?
結婚して日本で暮らし始めると、何故かフィリピンで住宅建設が始まる。訳を聞いてみると、「私たちがフィリピンに帰った時、プライベートが無いから」という。しかし、フィリピンに帰るのは多くて1年に1回、それも4〜5日だけのことではないか。そのために家を建てるのか?いくら話をしても理解を得られず、奥さんはアルバイトを始め、せっせと仕送りを始める。
●日本語を勉強しろのツケ?
日本で生活をしているので当然のことである。妻であり母である以上、日本語は必要である。しかし多くの場合、夫の方は英語やタガログを一向に勉強しようともしない。その結果、フィリピンへ行っても家族との会話もできない、電話がかかってきても話もできない。時間とともに、言葉のできない夫の価値は「金を稼いでくる存在」に成り下がる。かえって、フィリピンサイドの家族にとっては、大きな声で内緒話ができて好都合!?
●どうしてフィリピンに行かなくなるのでしょうか?
結婚してしまうと、全くフィリピンを向こうとしない夫がいる。結婚前は、あれほどフィリピンに足を運び、タガログも勉強していたのに、何故?結局、フィリピンとの関わりは、奥さんがフィリピン人と言うだけで、日本語で通し、日本料理を食べ、フィリピンの家族からの声も全く無視、耳を傾けようともしない。当然、フィリピンへ奥さんとともに里帰りもしない。私だって、もう知らない!と奥さんの反撃が加えられるようになると、危機状態は近くなる。
●この人・・・誰?
結婚して10年経つが、日本サイドの家族と会ったことがないというフィリピン人妻がいる。夫の母親の葬式にも列席できなかったという。当然ながら、兄弟や親戚が訪ねて来た時、互いに「この人、誰」ということになる。話には聞いているが、未だ会ったことがない兄がいるという。ベタベタの家族関係に慣れている妻にとっては不可解な話だ。
●妻を殴って、どこが悪い?
日常生活になると、とかく衝突する機会も多くなる。習慣の違いが一番の原因だ。ついつい口論になり、いくら言葉で言っても分からない。つい、苛立ってポカリッ!と手が出てしまう。親も叱らない、他人に怒られることに慣れていないフィリピン人を、いきなり殴ってしまっては一大事!その重大さに気づかず、「女房を殴って、何処が悪い?」
●フィリピンでビジネス?
生活費を稼ぐために、フィリピンで家族がビジネスを始める。仕送りも減り、喜ばしいことと思ったのも、ぬか喜び!結局は開業資金の無心。軒先で始めるサリサリ・ストアー、お父さんがジプニー、お兄さんがタクシー、弟がトライシクル、畑だ、養豚だ、アパートだと、ビジネスの話が次々と湧き出てくる。フィリピンでビジネスを成功させるには才覚が必要です。そんな才覚があるのでしょうか。
●あのジプニー、どうした?
お父さんがビジネスを始めると言うので、買ってあげたジプニー。実家へ行ってみたものの、ある筈のジプニーが見当たらない。空港までの出迎えもタクシーだった。よくよく聞いてみると、うまくいかず売ってしまったと言う。売ったお金をどうしたのかを尋ねてみると、使ってしまったという。結局は、ジプニーを喰ってしまったのか!そう言えば、養豚用の豚もいないぞ!豚も喰ってしまったか?
●どうして毎日家に居る?
妹、弟を大学、高校に行かせたいというので、学費を日本から送っていた。ところが、実家を訪ねてみると、高校に通っている筈の妹も、大学に行っている筈の弟も、毎日、毎日家に居る。私と顔を合わせないように、隠れるように姿を見せない。ところが、酒を飲むとなると、何処からか出てきて、思いっきり元気。よくよく聞いてみると、学校には行っていなかった。仕送りした学費はいったい、何に使ったんだ?
●御法度フィリピン
一度に大金を渡してはいけない!
妻の実家に家を建てようとした時の話です。
ある日本人配偶者の妻が、主婦業とともにやっていたダンサーで稼いだお金で土地をフィリピンの家族に買ってあげました。結婚して4年、その土地に家を建てることになりました。無論、夫婦は日本で働いて、借家に住む妻の家族を思い遣って決断でした。
最初の見積もりでは、200万ペソということでした。手持ちの500万円では少々足りません。しかし、足りない分は後で渡せばいいと考え、500万円の現金をフィリピンの家族に渡しました。帰国して定期的に報告を聞いていました。
しかし、完成した家の写真は送られてきません。
不審に思った夫は、妻に詰問をしました。すると、建築を請け負った業者が途中まで作業して、お金を持ったまま姿を消したという話でした。壁ができただけで、屋根もついていないということでした。けんかになりましたが、中途半端な家では仕方ありません。借金をして、さらに追加のお金を、再度、フィリピンの家族のもとに送りました。そして、当然家が完成している筈の頃、夫婦で実家を訪ねてみて、がく然としたそうです。新居はありませんでした。家が建てられなかった、言い訳を山ほど聞かされたそうです。しかし、借家の家には新しいテレビがあり、中古車が庭に置かれていたそうです。その後、この夫婦は離婚しました。
●毎日がパーティー?
実家に滞在中、毎日、毎日豪勢な料理と夕方からの酒盛り。普段から、こんな生活している筈がない。そんなお金がある筈がない。妻の言い分を聞いてみると、「あなたがフィリピンに来たから、嬉しいんだって」と、涼しい顔で言う。ちょっと待てよ、結局は私のお金で、飲み放題、食い放題じゃあないの?
●いったい、何人が暮らしているの?
次から次から出てきて、紹介される叔父、叔母、従兄弟にその旦那や女房、甥っ子、姪っ子、その家族。おいおい、そこまでいけば赤の他人じゃないか!全部、俺の仕送りで暮らしてるのか・・・?
●亭主関白が借りてきた猫?
日本では、まったくの亭主関白ぶりを発揮している旦那さん。横の物を縦にもしない、料理が美味いの不味いと文句ばかり。空港へ着くまで、パスポートは持ったか、お金を持ったか、重い荷物を持たせてグズグズするな早く来いと口うるさい。ところが、マニラ国際空港に到着するなり、借りてきた猫同然。英語で何か言われたらどうしよう、助けてくれよと、入国審査、税関ゲートに並んだだけで緊張し放題。当然、タバコも買えない、ファスト・フードも注文できない、タクシーも乗れない!日本での亭主関白は、何処へ忘れてきたの?
●どっちが騙された?
日本で働くフィリピーナに、はまって、大金を注ぎ込んだ結果、騙されたとなげく。結婚後、次から次と問題が噴出、予想もしない結婚生活を送らざるを得なくなって、騙されたと、しみじみ思う。しかし、逆に、フィリピーナが、お金持ちと思った日本人が、結婚してみたら借金だらけ。優しかった恋人が、暴力亭主に変身!
●ちょっと頑張ると可能な額が落とし穴?
フィリピンの物価を考えると、フィリピンでのビジネス開業資金や、住宅購入価格は、日本でちょっと頑張れば何とかなってしまう金額です。サリサリ・ストアーをやるのには10万円、ジプニーを買うのに40万円、家を建てるのに200万円と。貯金をおろせば、ちょっ借金をすれば可能な金額です。しかし、これが度重なれば大きな金額になり、一大事に。
●お金は人を変えます
すべてがすべてそうではありませんが、たとえばあるフィリピンの男は妹が日本人と結婚している30代の男です。この男、仕事があるにもかかわらず仕事をしません。妹の旦那さんが合計5万円を毎月仕送りしてくるので仕事をしなくても生活出来るからです。仕事をしたくても仕事がないというフィリピンの現状です。怠け者という以外に表現のしようがありません。フィリピンでは5万円あれば十分すぎるほど良い生活ができる大金です。余程の事情が無い限り余分なお金は送らない方が良いでしょう。お金は簡単に人を変えてしまいます。
仕送りのお金は将来のため、大事にとっておき、今までどおり自分の稼ぎの範囲で生活しょうと努力する人もいます。いちがいには言えませんが。
●確かにフィリピンに来る同じ顔ぶれの日本人夫は減ったかも知れない?
結婚後5年で半分、10年で8割が離婚すると言われているのが、日比の国際結婚カップル。しかし、確実に新しいカップルも次々に誕生してしている。マニラの日本大使館には、連日多くの日本人、フィリピーナが連れ添って入って行く。
●日比国際結婚の特殊性
日比の国際結婚の多くは、日本のフィリピン・パブでの出会いがきっかけになることが多い。彼女たちは日本に興味を持って、日本に来たわけではありません。フィリピンでの生活に困り、収入を得るために日本に出稼ぎに来た。その勤め先のフィリピン・パブに、たまたま来た日本人との出会いが、そもそもの日比国際結婚の始まりとなります。ほとんどの場合、お互いの共通の話題や共通の価値観が存在しない出会いであるため、そこに、半年で半分、10年で8割が離婚してしまう原因があると思われます。お互いに向き合って話し合う姿勢を忘れてしまうと、離婚するカップルの仲間入りです。
●結婚は容易、継続は困難!
フィリピンサイドの家族との付き合いには極めて難しいものがあります。その難しさを、幾分か軽減できる工夫があります。家族の中で、誰がキーマンであるかを見極めること、そのキーマンと意思の疎通ができることです。これさえできれば、フィリピンサイドの家族を見事に押さえ込むことが可能になります。勿論、その前提としては、妻を味方につけることが先決です。日頃から夫婦間での会話、話し合いが必要になってきます。日比国際結婚は誰でも簡単にできます。しかし、それを継続していくことは難しく、努力と忍耐、そして妥協も必要になります。